大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(ネ)980号 判決

控訴人 高岸和一

右訴訟代理人弁護士 斉藤純一

同 宮川基

被控訴人 片山清己

右訴訟代理人弁護士 多賀健次郎

同 山口紀洋

同 土内宏

主文

控訴人の当審における第一次的請求を棄却する。

当審における訴訟費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、当審において、第一審における債務引受確認請求の訴を交換的に変更し、第一次的請求として、「控訴人が東京都に対し負担している別紙債務目録記載の連帯保証債務につき、被控訴人は控訴人のために第三者として支払をして控訴人の右債務を免責させる義務を負っていることを確認する。当審における訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、第二次的請求として、「被控訴人は控訴人に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五三年五月三〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。当審における訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、第一次的請求につき、主文と同旨の判決を求め、第二次的請求について、第一次的に訴変更不許の裁判を求め、第二次的に請求棄却の判決を求めた。

(控訴人の主張)

一  第一次的請求原因

1  控訴人は、訴外株式会社三喜商会(以下、訴外会社という。)の代表取締役であったが、昭和四四年二月頃から訴外会社の経営が不振となり、また昭和四五年一月頃には控訴人が脳溢血で倒れて職務執行が不可能となったため、同年七月訴外会社の営業一切を被控訴人に譲渡することとした。そして、その頃控訴人と被控訴人との間で、当時訴外会社が負担していた債務及び控訴人が同会社のために保証していた債務一切(右債務中には、控訴人が東京都に対して負う別紙債務目録記載の連帯保証の債務が含まれていることはもとよりである。)を被控訴人が引受けて自らの責任において返済し、訴外会社及び被控訴人の債務を免責させること及びその代りとして、控訴人はその所有にかかる別紙物件目録記載の不動産(以下、本件不動産という。)を被控訴人に譲渡することが約定された。

2  控訴人は右約定に従って同年七月本件不動産の所有権を被控訴人に移転して、その旨の登記を経由した。そして、被控訴人も右約定に従って訴外会社の債権者と債務の返済交渉を行い、返済を進めていた。

3  しかるに、被控訴人は別紙債務目録記載の連帯保証債務(以下、本件保証債務という。)について、債務の引受を争い、その返済をしようとしない。

被控訴人の債務引受は、いわゆる免責的債務引受であるが、本件保証債務については、債権者である東京都がいまだ確定的な承認をしていないので、被控訴人が控訴人に対して負う義務は、第三者たる履行引受人として本件保証債務を弁済して同債務を免責させることである。

そこで、控訴人は被控訴人との間で、被控訴人に右義務のあることの確認を求める。

二  第二次的請求原因

1  仮に、第一次的請求が認められないとしても、控訴人は昭和四五年七月二四日控訴人所有の本件不動産の売却及びその売却代金をもって訴外会社の負っていた債務一切の弁済に充て同会社の債務を整理する旨の事務を被控訴人に委任した。

2  ところが、被控訴人は同年八月二九日右委任事務の処理として、訴外東谷信輔らより金一五〇〇万円を月七分五厘(年九割)の金利で借り入れ、同年一〇月二八日に全額を返済した。

被控訴人は右借入の金利として金二二五万円を右東谷らに支払った。また、被控訴人は右借入れに当り、その費用として右金利のほか金七五万円を支出した。

結局、被控訴人は右借入れのため合計三〇〇万円を金利等として支出したもので、右借入れの実質金利は月一割であった。そして、被控訴人は右三〇〇万円を右債務整理費用として前記控訴人所有の売却代金より支弁した。

3  被控訴人の右のような高利の借入及び支出は、受任者としての善良なる管理者の注意義務を怠った違法かつ不当なものである。すなわち、本件の委任事務には第三者より借入れをなすことは含まれていなかったのであるが、仮に債務処理のために幾許かの借入が必要であったとしても、受任者としては、できるだけ低利の借入をなし、弁済財源の充実を損なわないようにすべきである。しかるに、被控訴人は右のように実質月一割という通常の金利をはるかに超え、利息制限法所定の金利をも超えた高利の借入を行ったものである。

4  被控訴人のした右借入及び支出は、受任者としての善良な管理者の注意義務に違反し、債務不履行というべきところ、これにより、控訴人は本件不動産の売却代金のうち、金三〇〇万円の委任本旨外の支出を余儀なくされ、同額の損害を被った。

よって、控訴人は被控訴人に対し、金三〇〇万円及びこれに対する第二次的請求申立書が被控訴人に到達した日の翌日である昭和五三年五月三〇日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被控訴人の相殺の抗弁に対する認否

被控訴人主張の後記二2(二)の相殺の抗弁は争う。

被控訴人主張の自働債権は存在しない。仮に、債務整理に当り支払超過分が生じたとしても、それは受任者たる被控訴人が善良なる管理者の注意義務を怠り、必要もしくは義務のない支払を勝手にしたことに由来するものであるから、その負担を委任者たる控訴人に転嫁し得べきものではない。

(被控訴人の主張)

一  第一次的請求原因に対する答弁

1  控訴人の主張事実1項のうち、控訴人が訴外会社の代表取締役であり、同会社が昭和四四年二月頃から経営が不振となったことは認めるが、その余の点は否認する。

同2項は否認する。

同3項は争う。

二  第二次的請求に対する答弁

1  訴変更に対する異議

本件第二次的請求は善管注意義務違反に基づく損害賠償請求であって、債務引受を原因として債務の存在確認を求める第一次的請求とは、その請求の基礎を異にする。また、本件においては、原審において証拠調が全く行われず、しかも第一次的請求は原審における請求を当審において交換的に変更したものであるから、このうえ、さらに第二次的請求の追加的変更を許すことは三審制の制度的保障を失わせるに等しいこととなる。

しかして、第二次的請求は、控訴提起後三年六か月も経過した昭和五二年一〇月一九日付をもって訴の提起がなされたものであるところ、その頃、当審における審理は、本人尋問を残して、証人調はすべて終了した段階である。

したがって、第一次的請求に関する訴訟の状況が控訴人側に不利になったからといって、このように審理が終結に近い段階で第二次的請求を追加することは信義則に反し許されないことというべきである。もし、訴の変更が許され、第二次的請求につき審理がなされるとすれば、被控訴人側としては、被控訴人が金融業者から高利の借金をして委任事務の処理をせざるを得なかった事情につき、その経過を知る取調済の全証人(その尋問は第一次的請求の争点についてのみ行われた。)についての再尋問を申請するほかなく、そうなれば、さらに多大の審理期間を要することとなる。

以上によれば、第二次的請求は、請求の基礎に変更があり、かつ訴訟手続を遅滞させることが明らかであるから、その追加的変更は許されないというべきである。

2  請求原因に対する認否及び抗弁

(一) 控訴人主張1のうち、「債務一切の弁済に充てる」との部分は争うが、その余の事実は認める。同主張2の事実は認める。同主張3及び4の各事実は争う。被控訴人は、本件不動産の売却代金一、八〇〇万円の範囲内で訴外会社の負っていた債務の弁済をするよう委任をうけたにすぎない。

(二) 仮に、被控訴人に損害賠償義務が認められるとすれば、被控訴人は、控訴人から本件不動産を一、八〇〇万円で買い受け、右売却代金に満つる限度で控訴人の債務を支払うよう委任されていたところ、被控訴人は控訴人のため、右の限度を超えて九二三万四、五五七円(右債務引受限度が本件不動産の実際の売却価額二、二〇〇万円であるとしても、五二三万四、五五七円)を余分に出捐したから、被控訴人は控訴人に対し同額の求償債権を有する。

よって、被控訴人は控訴人に対し、右求償債権を自働債権とし、控訴人主張の損害賠償請求権を受働債権として対当額において予備的に相殺の意思表示をする(右相殺の意思表示は、昭和五六年四月一日の当審第三一回口頭弁論期日においてなされた。)。

(証拠の関係)《省略》

理由

(第一次的請求について)

控訴人は、昭和四五年七月頃被控訴人との間で、訴外会社の債務及び控訴人が同会社のため保証していた一切の債務(本件保証債務を含む。)を被控訴人が免責的に引受けること、その代りに、控訴人はその所有にかかる本件不動産を被控訴人に譲渡する旨を約定したと主張し、《証拠省略》中には、右主張に沿う部分が存する。

しかしながら、《証拠判断及び証拠省略》を綜合すれば、次の事実が認められる。

1  控訴人と被控訴人とは昭和二四、五年頃からの知り合いであったが、昭和三九年五月控訴人と被控訴人との共同出資でクリーニング業を営む訴外会社が設立された。控訴人は同会社の創立以来代表取締役としてその経営の任に当ったが、昭和四四年頃から業績が悪化し、負債が増えて相互銀行、信用金庫、信用組合等の金融機関からの借入金では賄いきれなくなり、高利の金融業者から借金するようになり、その経営が苦しくなって、訴外会社の幹部の間では、一時被控訴人が代表取締役となって再建を図るとの話合いも行われた。しかし、被控訴人には健康上の不安があったため、訴外会社の代表取締役になることを承諾しなかった。ところが、昭和四五年一月末に控訴人が脳溢血で倒れた。そのため、訴外会社の経営は、訴外会社の専務取締役であった小山泰助と控訴人の妻に委ねられ、当座の資金面で困るところは、被控訴人から融通して貰うなどしてその経営が続けられたが、控訴人の入院を契機にして、金融業者からの借金の取立てが一段と厳しくなり、同年三月頃には控訴人所有の本件不動産を売却して訴外会社の債務整理をせざるを得ない状況に立ち至った。

2  ところで、本件不動産は訴外会社の工場として使用されているうえ、訴外会社の債務の担保として抵当権代物弁済予約、賃借権等約一八の登記、仮登記が経由されており、かつ本件不動産のうち土地部分は公道に面していないため、これを売却するには訴外市村政信所有の土地を買取る必要もあった。

このように、本件不動産の売却及び債務整理には多大の困難が予想されたため、本件不動産を高価に任意売却して訴外会社の負債整理を担当する任に当る者としては、被控訴人以外にないことが訴外会社の経営及び債務整理に当った関係者の一致した意見であった。

3  そこで、被控訴人は、右関係者の要請によりやむを得ず、右事務を引受けることとなり、同年七月二四日被控訴人、控訴人から委任をうけた控訴人の妻つね子、前記小山、訴外会社の営業担当者太田芳雄、立会人常松敏男が相会して協議した結果、被控訴人が本件不動産を全責任をもって売却の任に当ることが正式に決り、その旨の書面が作成された。

その当時、訴外会社の債務の総額は必ずしも判然としていなかったが、被控訴人は本件不動産を最低一、八〇〇万円で売ることを決意するとともに、同額に満つるまでは自らの責任で債務整理に当る意思であることを前記参会者に表明し、その了承を得た。しかし、被控訴人は、右数額以上に訴外会社の債務を自らの責任において支払うことは考えておらず、ましてや訴外会社及び控訴人の債務一切を無条件に引受ける旨を言明したこともなかった。

4  さて、被控訴人は、本件不動産を売却するには、まず自己の所有名義にすることが得策と考え、同年八月二四日控訴人の了承を得たうえ本件不動産を一、八〇〇万円で買受ける旨の売買契約書を作成し、その信託的譲渡をうけ、本件不動産につき同月三一日付で被控訴人名義の所有権移転登記を経由した。

次いで、被控訴人は、本件不動産を高価に売却するためには、前記抵当権等の錯綜した登記を抹消しておかなければならないと考え、その担保債務の返済資金の調達に奔走したが、金融機関からの借入ができないため、やむなく、高利の金融業者である訴外東谷信輔らから一、五〇〇万円を借りうけ、前記登記の抹消登記手続をした。そして、被控訴人は同年一一月二日本件不動産をその隣接地所有者である訴外中沢ビル株式会社に二、二〇〇万円で売却する旨の契約を締結することに成功し、その頃金一八〇〇万円の支払をうけた。しかし、債務整理が進行するに従って、訴外会社の債務は到底右売却代金の内金一、八〇〇万円では支払いができないことが判明し、そのため被控訴人は控訴人に代って、約六八八万円の立替払を余儀なくされたが、右支出によっても、なお、東京都に負担していた本件保証債務金三〇〇万円等の支払まではできなかった。

5  ところで、本件保証債務については、同年一〇月一四日頃、当時東京都経済局金融部収納課所属の係官であった山崎信夫が訴外会社の営業部門を承継担当していた太田芳雄及び被控訴人の番頭役であった長尾龍三に会って、本件債務の引受及びその支払を要請した。右太田は一旦右申出を受け容れる意向を示したが、その後これを撤回し、被控訴人は訴外会社の債務一切を引受けているわけではないことを理由に本件債務を引受ける意向のないことを明らかにしたので、東京都と右太田及び被控訴人の債務引受に関する交渉は、結局不首尾に終った。

以上のように認められ(る。)《証拠判断省略》。

右認定の事実によれば、被控訴人が控訴人主張の本件保証債務の引受をした事実は認め難いので、右債務の引受を前提とする控訴人の第一次的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものといわねばならない。

(第二次的請求について)

まず、第二次的請求について、訴の変更が許されるかどうかについて判断する。

被控訴人は、第一次的請求と第二次的請求とはその請求の基礎を異にする旨主張するので、この点について考えてみるのに、右両請求は、控訴人の主張に照らして明らかなように、被控訴人が控訴人所有の本件不動産の売却及び訴外会社の債務整理の委任をうけたことに端を発した紛争であり、ただ、第一次的請求では、右委任契約の内容として、被控訴人が本件保証債務を引受けたかどうかが主要な争点であるのに対し、第二次的請求では右委任事務の内容たる債務整理の過程において被控訴人に委任契約上の債務不履行があったかどうかが主要な争点であるに過ぎない。

したがって、両請求は請求の原因及び態様こそ異るが、請求の背景にある紛争の基礎に変更があるとまではいうことができないというべきである。

しかしながら、本件訴訟の経過に徴すると、控訴人は昭和四八年五月一一日本件保証債務につき被控訴人が債務引受をしたことを請求原因として、その存在確認を求める本件訴訟を提起し、次いで、昭和四九年四月一九日同訴訟が当審に係属した後も、右請求の趣旨及び原因の一部を訂正したものの、本件保証債務の引受の有無を唯一の争点として訴訟を追行したこと、そのため、審理も右争点について行われ、控訴人申請の証人吉野重太郎、同高岸つね子、控訴人及び被控訴人申請の証人小山泰助、同太田芳雄、被控訴人申請の証人長尾龍三の取調がなされたこと、しかるに、第二次的請求の訴の変更の申立は、右掲記の証人尋問が終了し、被控訴人本人尋問に進んだ後の昭和五二年一〇月一二日に至って、はじめてなされたものであることが明らかである。

したがって、もし第二次的請求につき訴の変更を許容するとすれば、被控訴人が高利の借金をしたことが委任事務処理上やむをえないものであったかどうかについて、その間の事情を直接、間接に知っていると推測される前掲各証人(もっとも、そのうち、吉野証人についてはその必要性に疑問がある。)を再度取調べる必要があることが明らかである。また、これまでの当事者双方の攻撃防禦の経過からみても、新たな争点につき右掲記以外の証人(例えば、訴外会社の債権者等)の取調が必要となることが予想されるのである。

かくては、すでに相当長期間の審理を要している本件訴訟手続はさらに遅滞することが明らかである。

しからば、第二次的請求については、訴の変更を許さないこととするのが相当である。

(結び)

よって、控訴人の当審における第一次的請求を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 糟谷忠男 渡辺剛男)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例